「メモを取れ」職場の再現性を阻む「昭和的な思考」の正体
先日、あるライブ配信(わこちゃんねる)で興味深いテーマが話題になっていました。それは、職場で「メモを取らない新人や後輩」をどう見るか、という問題です。
リスナーさんの中には、「来月から現場を引っ張ってもらわないといけないのに、全くメモを取らない人がいて不安…」という切実な悩みを持つ方がいました。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみたいことがあります。実は「メモを取らないこと」を批判したくなる気持ちの裏側には、組織側の仕組みの欠陥や、無意識に抱いている精神論が隠れているのかもしれません。
1. メモの強制は「マニュアル不在」の裏返し
「一度言ったことはメモを取れ」という言葉は、裏を返せば「この職場には、一度聞いただけで理解できるマニュアルもドキュメントも存在しない」と認めているようなものです。
今は、マニュアルがないことを個人のせいにできる時代でもありません。AI活用の一例として、ボイスレコーダーで指示を録音し、それをGoogleの「NotebookLM」などのツールに読み込ませるだけで、誰でも一瞬で構造化されたマニュアルを作成できてしまうからです。
- ドキュメントの不足: AIなどのツールを活用して、組織としての標準化をサボっていないか。
- 仕組みの不在: 経験者の「記憶」という属人的な要素に頼りすぎていないか。
- 再現性の欠如: 最新のテクノロジーを使い、「誰でも同じ成果を出せる状態」を作っているか。
これらは組織全体で向き合うべき課題であり、個人の資質の問題として片付けてしまうのは非常にもったいない気がします。
2. 「メモ=やる気」という価値観を再考する
昭和の時代、仕事は「見て盗むもの」とされ、必死にメモを取り、食らいついていく姿勢が「やる気」の証明でした。しかし、現代は情報のデータ化が進む令和の時代です。
人間にしかできない高度な判断やコミュニケーションに集中するためには、定型業務は「メモなしでも誰でも迷わずできる」状態にまでシステム化されているのが理想です。「メモを取る姿勢」という精神論で人を測る文化は、もはや今の時代にはフィットしづらくなっているのかもしれません。
3. 配信から学ぶ「異なるスタイル」を尊重する心
配信主のわこさん自身は「自分は飲み込みが遅いから、細かく手書きでメモをする派」だと語っていました。ここで心に響いたのは、わこさんが「自分とは違うやり方」を否定せずに受け入れていたことです。
メモをしないことへの不安の声に対し、わこさんは「メモらなくても頭の中で整理して、パッと言われた通りにできる人もいる」と、異なる才能のあり方を認めました。大切なのは形式ではなく、最終的に成果が出ているかどうか。自分とは違う強みを持つ人を信じて待つという、わこさんの包容力は、教える立場にとって大きなヒントになります。
4. 「感情」を静かに手放すという訓練
今回の配信で最も教えられたのは、「自分の外側で起きる出来事」と「自分の感情」を切り離す技術です。
他者が自分の期待通りに動かないとき、私たちはつい感情的になってしまいがちです。しかし、わこさんが提示した解決策は「感情をなくす訓練」でした。他者の言動をコントロールすることはできません。だからこそ、口角を上げつつも心は「無」にする。この感情の切り離しこそが、自分自身の平穏を守る最強の武器になります。
あとがき:思い通りにいかない状況を「糧」にする
他者の言動はコントロールできません。だからこそ、そこで生じる違和感や批判を単なるノイズとして終わらせるのではなく、自分の価値観を再確認するための「糧」に変えていく。
安易に誰かを裁くのではなく、その状況を自分の内面を磨くための「訓練」として受け止める。そのしなやかな強さこそが、わこさんの配信から得た最も大きな収穫でした。この気づきを胸に、明日からの仕事や生活に活かしていきたいと思います。
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